■プレゼンテーションから
周辺から眺めた都市論も
プレゼンテーションでは、さまざまな問題が出されました。例えば、現在の都市のありようというのを10年、20年という短い単位 で論ずるのではなくて、ミレニアムということでもあるわけですが、1000年単位 で都市というものを考えてみたときに、我々は未来の世代からの預かりものである都市をどのように引き継いでいくのか。そういう観点で考えた場合に、都市には多様性を持たせるべきで、そういった多様な文化の集合体としての都市というものはどうなのだろう。
  あるいは、都市というのは都市だけで存在するのではなくて、その周りの自然環境の中で都市の文化というものは育まれてきていて、例えばウィーンの森とウィーンの都心との関係があるだろうということも、そういう視野、つまり都心と周辺という関係、都市の問題を都心からだけ眺めるのではなくて、むしろ周辺から見た場合に新しい論点が出てくるのではないだろうかということが提起されました。
  それからまた、都市にある大建築というものが都市の文化的景観を形づくっているのは間違いのないことだけれども、それはセントラルパーク、パルコとかジャルダーノ(庭園とか公園)という空間があってはじめて建築物も生きてくるわけで、公園あるいは庭園と水というもの、そのような都市のたたずまいを都市の市民がその時代ごとにどのように都市を眺めてきたのか、ということから都心のありようというものが議論されるのではないだろうか。
  それから、都心におけるきわめて創造的な人間活動の一つであります演劇というものを取り上げてみた場合に、この演劇は一方で世界的な大演劇といっていいものもあるわけだけれども、やはりその都市あるいはその都市のコミュニティーに根付いた演劇のありようというものがあって、これは例えば歌舞伎でいけば大芝居と地芝居、あるいは大芝居と小芝居の関係に当たるということも言われまして、そうした多様な演劇創造システムというものは都市と切り離すことができない。つまり、都市の市民にとって、演劇に代表されるような生(ライブ)の創造活動というものは空気や日光やごく当たり前の生活にとって必需品であると、そういうかたちで創造的な場こそ都心にふさわしい。そういう点で見た場合に、金沢というところに、そうしたうるおいや創造の場がもっとあってもいいのではないか、もっと多様なエンターテイメントの場があってもいいのではないか、このようなことが全体としてプレゼンテーションの中で皆さんが言われたことであったと思います。
(チェアマンの佐々木氏のまとめによるプレゼンテーションの概要です)