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講演A



河野 克俊 氏
(第5代統合幕僚長、第31代海上幕僚長)

●プロフィール
かわの・かつとし 1954年、北海道生まれ。77年、防衛大学校機械工学科卒業後、海上自衛隊入隊。第3護衛隊群司令、佐世保地方総監部幕僚長、海上幕僚監部総務部長、海上幕僚監部防衛部長、掃海隊群司令、海将に昇任し護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、第31代海上幕僚長を歴任。2014年、安倍内閣当時、第5代統合幕僚長に就任。3度の定年延長を重ね、在任は異例の4年半に渡った。19年4月退官。
 
河野氏の講演要旨は次の通り。

ウクライナは外国ではない 

 私は防衛大学校も含めると自衛隊に46年間いました。最後に務めた統合幕僚長は陸海空の制服組トップと位置付けられています。元々は海出身の自衛官です。
 まず、ウクライナ戦争について私の見解を述べさせていただきます。プーチンの戦争といわれるように、プーチン大統領の世界観、歴史観が原因です。領土問題や経済的なトラブル、民族問題、宗教問題などとは全然違う。ここがこの戦争の極めて特異なところです。
 2021年7月にプーチン大統領が「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を発表しました。普通、政治リーダーが声明を発表するときは、国づくりとかの将来ビジョンです。ところがこの論文は、今さらプーチン大統領の歴史観を述べてています。要約すれば、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、これは三位一体である、ロシアがお兄さんで、ベラルーシ、ウクライナは弟だと。2国の独立はソ連の手違いだと明確に言っています。
 ベラルーシにはルカシェンコ大統領がいて、プーチン大統領のしもべのような対応を取っています。ところがウクライナは、ロシアから受けた恩恵も全部忘れて西側にすり寄り、EUあるいはNATOに入ろうとしている。これは絶対に看過できない。ウクライナが独立国であることは世界が認めていますが、プーチン大統領は認めていないのです。戦争はあくまでも外国とするもの。だから、いまだに特別軍事作戦と言っています。もう感覚的に他の人たちと違います。
 NATOの東方拡大がロシアのプーチン大統領を刺激し、今回の挙に及んだと言う人がいますが、ちょっと違うと思います。今回、完全なオウンゴールですが、スウェーデンとフィンランドがNATOに入ると言いました。この2国に対してプーチン大統領は「しょうがない」と言っているのです。フィンランドはロシアと1500キロメートルも国境を接しており、ウクライナの比ではありません。
 ソ連時代に悪名高き秘密警察であるKGBがあり、ソ連解体とともにSVR(ロシア対外情報庁)とFSB(ロシア連邦保安庁)の二つに分かれました。SVRは対外国の諜報活動部門で、FSBは国内治安、要するに政治犯など国内弾圧を担当する部門です。当初、戦争の主力はFSBでしたが、これもプーチン大統領が「国内問題だ」と思っているからです。しかし、FSBでは片付きませんでした。
 通常、作戦を立てるのは軍の参謀本部ですが、本当に作戦を練っているのか最初から疑問でした。作戦の、いの一番は部隊編成です。戦闘序列というもので、平時編成から戦時編成に変えなければいけない。当初、東部とほぼ同時にキーウを襲い、そのうち南部のヘルソンなどをやりだしました。三つの戦域の司令官は間違いなくいるはずですが、1、2月たっても、総司令官がみえない。三つの戦域を統括する総司令官を置くのは「いろはのい」です。
 2カ月近くたって、ドボルニコフが総司令官に任命されました。やっと軍に「やれ」となったのです。ここで、専制主義国家、共産主義国家の性として、分かっちゃいるけどやめられないというやつがあります。どういうことかと言うと、専制国家の政権は自分の軍隊を絶対に信用しない。いつ銃口が自分たちに向いてくるか分からないからです。だから軍に主導権を委ねても、FSBが軍を監視しています。第一線の指揮官は状況を刻一刻判断して、処置しなければいけないが、監視されていると鈍る。臨機応変にやって後ろから「おまえ、なにをやっているんだ」と言われたら困ります。前の動きが鈍いから、本来は後方にいる少将や中将が戦いの前線に出てきて、やられるのです。


戦い簡単には終わらず

 ウクライナを独立国として認めないという看板をプーチン大統領は下ろしていません。少なくとも東部2州、できれば南の州を確保して、大義名分を立ててやめるのではないかと観測する人もいますが、これもちょっと違うと思います。これだけ世界的に孤立し、経済的なダメージを食らうということを分かっていて、なおかつやったわけです。東部2州プラス南部でもプーチン大統領の歴史観を達成することにはさらさらならない。少なくとも今年、来年、この戦争は続くと思います。簡単には終わるはずはないというのが私の見方です。
 クリミア半島を2〜3日で片付けてしまった成功体験が、今回の失敗の遠因だと思います。なぜ分捕ったかというと、ソ連時代にウクライナ人のフルシチョフが勝手にロシアからウクライナにクリミアをあげたのだと考えているからです。プーチン大統領にとっては、フルシチョフの馬鹿野郎ということです。すべからく、歴史の修正をやっているのです。
  日本に対する影響ですが、この戦争は、戦後、世界の人々が信じて疑わなかった二つの安全保障のスキームを突き崩したと思います。一つはNPT、核不拡散体制です。5大国が核を持ち、あとの国は核を持たないでくださいね、拡散を防ぎますというものです。この体制は、例外はあったとしても核拡散は防いでいたのです。ところが今回、核大国のロシアが非核国のウクライナに核の恫喝をした。「何だ、核を持っていないと安心できないじゃないか」と思うのが当然です。ウクライナ戦争は北朝鮮に核を持つ正当性を与えてしまった。少なくとも北朝鮮の核放棄は、ほぼ望めなくなったと思います。よって日本は、核保有国の北朝鮮を前提にして防衛を考えなくてはいけません。
 日本はロシア、中国、北朝鮮という核保有国で全て独裁国家、専制主義国家、共産国家に囲まれたわけです。世界で日本以上に厳しい立ち位置にある国は思い浮かびません。核戦略の観点から、世界で最も厳しい位置に立たされている。あまり考えたくはないが、突き詰めて考えなくてはいけない時期にもう来たと思います。




中国側から太平洋を眺める地図


日本が世界で一番厳しい

 もう一つ、戦後の安全保障のスキームが崩れたのは、核戦争を考慮して軍事的に動かない米国を、世界は初めて見たことです。日本の核政策は、米国の核の傘に依存する以外にありません。日本が核の威嚇を受けたとき、米国は核の傘をかけてくれると断言できる人はいないはずです。安保条約にそんなことは1行も書いてないし、念書も書かせていません。世界で一番厳しい状況の日本が、このままでいいのでしょうか。
 今後、ウクライナ戦争が長期化し、ロシアの体力はどんどん低下していくと思います。そうなったとき、米中対立の鮮明化は間違いありません。日本の周りの戦略地図ががらがらと動き、後ろに米国、前に中国がいるという状況です。世界の安全保障の最前線が日本なのです。結論はいかに出すにせよ、やはり議論は冷静にするべきでしょう。
 元々大陸国家の中国が船の数の上で米海軍を凌駕しました。習政権は「逆さ地図」を見ながら戦略を立てています。自由に海洋を利用したい中国にとって、日本や南西諸島が邪魔な存在です。「中国海軍の戦略」とされている地図があります。第1列島線は日本列島から南西諸島、フィリピンに延びる線です。もし米中が戦うとき、中国側は絶対聖域にします。第2列島線は米国の太平洋艦隊が来たら、第1列島線との間でたたくライン。第3列島線は私の想像、見解ですが、「太平洋二分」です。2013年、習近平主席がオバマ大統領に「太平洋は米中2国を包み込むための広さがありますよね」と示唆しています。私は中国が第3列島線でできれば二分しようと考えているのではないかと思います。
 中国が何としても片付けなくてはいけない問題が第1列島線の台湾と尖閣です。喉元に突き付けられた匕首(あいくち)です。米軍トップのミリー統合参謀本部議長は最近、こう言いました。「習近平主席が3期目に入れば、任期が終わる2027年までに台湾侵攻をする能力を付ける」。結構多い見方です。台湾で事が起きれば、日本に影響がないことは考えられません。
 日本がやらなければいけないことは、絶対に中国に事を起こさせないことです。中国に台湾を併合しないなどという選択肢があるわけがない。絶対やるのです。やるのですが、中国ができないということはあり得るのです。それには、やはり日米で防衛力を強化して抑止力を高めることです。日本の独立と平和を守るために重要なことです。防衛力の強化の問題が焦点になっていると思いますが、私はそのような観点でこの問題を見ていますし、絶対に必要なことだと思っています。


中国海軍の戦略


滑走路にひざまずいた安倍元首相
戦没者に哀悼の念

 海上幕僚長、統合幕僚長を含めて6年近くお仕えした、安倍晋三元首相の人となりを紹介します。2012年12月に第2次安倍政権が発足し、翌年、安倍氏が硫黄島を視察しました。島は海上自衛隊が管理しており、当時、海上幕僚長の私が現地でお迎えしました。日米の大激戦地には無数のご遺骨が残留したままです。同行の報道陣は次の視察地である父島に先行して向かっており、周りにマスコミは誰もいませんでした。
 お見送りのときのことです。突如として安倍氏が背広のまま滑走路にひざまずき、手を合わせて頭を垂れられたのです。どういうことかというと、米軍は日本空襲の基地にするため、占領した硫黄島にブルドーザーを投入して滑走路を急造しました。従って、その下にはたくさんご遺骨があると言われており、当然、安倍氏もご存じだったのです。
 報道陣はいませんから、パフォーマンスでも何でもありません。この姿を見て、「ああ、この方は心底、戦没者に対する哀悼の念がある」と強く感じました。これが安倍氏の真の姿です。ひざまずく安倍氏の横で私がみっともなく中腰になっている写真を、たまたま自衛隊のカメラマンが撮ってくれていました。現役のときに発表するのははばかられたので、自分の宝としてずっとしまっていましたが、今回、このような事件(安倍元首相殺害)が起き、ここはもう、安倍氏にも許していただけると思い、皆さんにお見せしています。